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窓際で見惚れてた リンドン [まいにち]

大雪がふった。
地震とか台風とか、そういう時に限って 今回も1日休みで家にいたんだけど、
ラッキーではあるが、直接的な苦しみを何一つ被っていない感じが疎外感ありつつ申し訳ない(;∀;)

外出たら雪つもっててやっぴー♡
この中で歩きながらSuperflyのEyes On Me聴くのがほんとうに幸せ♡
サウンドスケープ?では無いけど。イメージの音楽

部屋の中にいるとかまくらの中にいるみたいな気分


ベネディクト アンダーソンの想像の共同体を改めて読んでたら、アイドルのファンコミュニティは音楽による共同体ではなくて、やっぱりこっち側から考えるべきだったんじゃないかとか思って今日は半日くらい絶望していました。
教授には、アイドルは「音楽ではない」と言われたんだけど。
強力なコミュニティを生成するほどのアイドルファンにとっての音楽は、やっぱり付随的な要素でしかないのだろうか?
例えばロマンティック浮かれモードの2004年けやき広場でのヲタ芸を見るに(←これ本当にすごい)、あれは音楽がアタリの言う「儀礼」であった姿そのものであるように思うし、完全に陶酔させている皆のための音楽だ。
オタ芸の起源が、ハロコンというシステムの中での、せめてもの無関心回避による行動だったにしても
ロマモーに関しては、きっと現場にいたらオタ芸をした方が(あそこまではやらないけど。あと、私は現場であの曲聴いてないから言い切れない部分はあるが。)むしろ藤本美貴への愛というか、音楽そのものへの敬意と、共同体を作る重要な要素であるように思えるのは何でだろう。
もちろん、スマイレージのピンチケ連中のよくわからないオタ芸??はやめてー(><)って感じだったよ

自分自身が最終的にはアイドルに対してパフォーマンス、楽曲のクオリティを重視してしまうタイプなので、どうしても音楽重視の見方をしてしまうことが、
社会一般のアイドル観とズレてるところなのかもしれない。
だって、つんくの作る音楽がなんだかんだ好きで楽しみで
阿久津さんの作るぱすぽの曲が好きだから。
それは、一般的なアイドルへのまなざしではないのかもしれない。
やっぱり、ファン同士の繋がり、アイドルとの直接的な対話、パンチラ胸チラ、暇つぶしの毎日のぐぐたす(←もはやこれも一時代昔のような気もするが)、成長を見れること、物語性()なんかの方が、音楽性よりもファンを続ける上で大事なんだろうか。

てか好きなアーティストの次のシングル曲があんまり好みでなくても、アーティストが好きだから、なんだかんだ聴いてるうちに耳が慣れてきて、好きになって、いつも通りライブ行って聴いて、そこでファン友達と盛り上がって、幸せで、アーティストと話して今日のライブよかったよとか言って、ここが私の属するコミュニティだなぁ。とか思って、満たされた気持ちになるのと

アイドルの、次のシングルが微妙だったとしても、アイドルが好きだからなんだかんだ聴いてるうちに耳が慣れてきて、好きになって、いつも通りイベント行って聴いて、そこでヲタ友と盛り上がって、認知してもらってるアイドルで握手して今日のライブよかったよとか言って、ここが私の属するコミュニティだなぁ。とか思うことと

違う気はするんだけど
決定的に何が違うのかうまく説明が出来ない。
全部同じだからCD捨てまくるのであって、結局楽曲は聴いてるわけでしょ?
もし根っこのところが同じならば、もはや私は音楽ではなくアーティストの消費をしているのだろうか。

アーティストの消費。
アーティストのブランディング。
アートはどうだろうか。奈良美智のファンサイトによって何か変わったか。

何が言いたいかというと、共同体形成に音楽を求める要素が強いのであれば、
今こうしてアイドルブームでお金を落とすことが当たり前になっているのは、未来のアーティストたちにとって、そんなに悪いことじゃないなってこと。と
アーティストと音楽そのものの消費がすり替わっていることを1度再考してみる必要があるのではないかということ。

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